生地をこねはじめてから10分もしないうちに、手にべったりとくっついて離れなくなる。そんな経験をしたことがある人は多いはずです。パン作りは工程が長く、途中でつまずくと「もうダメかもしれない」と不安になりやすい料理です。ただ、つまずく場所にはある程度パターンがあり、どの段階で何が起きているかを知っていれば、慌てずに立て直せます。
ここでは、生地をこね始める最初の段階から、オーブンから焼き上がったパンを取り出すまでを、時間の順に追いながら見ていきます。
こね始めの生地がベタついてまとまらないとき
結論から言うと、こね始めの生地がベタつくのはほとんどの場合、水分量か温度のどちらかが原因です。慌てて粉を足す必要はありません。
小麦粉に水を加えると、グルテンというたんぱく質の網目構造ができていきます。この網目が生地の弾力とまとまりを生むのですが、こね始めの数分間は網目がまだ十分にできていないため、生地は水っぽくベタついた状態になります。これは失敗ではなく、パン作りの通過点です。時間をかけてこね続けることで、次第に手にくっつかなくなり、なめらかな一枚の生地にまとまっていきます。
たとえば、レシピ通りに強力粉250gと水170mlで仕込んだのに、こね始めて5分経っても生地が手にべったりとまとわりつくことがあります。このとき台の上に生地がへばりつき、指を広げても糸を引くような状態になっていたら、まだグルテンの形成が途中だと考えてよいでしょう。ここで粉を足すと、後から生地が硬くなりすぎて膨らみにくくなることがあります。10分ほどこね続けてから、もう一度状態を確かめるのが安全です。
ただし、生地がべたつく原因が水分量の測り間違いというケースもあります。計量カップの目盛りを見誤っていたり、粉の種類によって吸水率が違っていたりすると、レシピ通りに作ってもベタつきが強く出ることがあります。20分こねてもまとまる気配がなく、生地が台に広がるように流れてしまう場合は、大さじ1杯程度の粉を様子を見ながら少しずつ足していくとよいでしょう。逆に、乾燥した季節に同じレシピで作ると生地が硬くなりすぎることもあります。季節や粉の状態によって微調整が必要になる点は、覚えておいて損はありません。
一次発酵で生地が膨らまない、あるいは膨らみすぎる
一次発酵がうまくいかない原因は、温度とイースト、時間の見積もりのどれかにあることがほとんどです。膨らみが足りない場合も、膨らみすぎた場合も、対処の方向は違います。
発酵は、イーストが生地の中の糖分を分解して炭酸ガスを出す働きによって進みます。この働きは温度に強く左右され、生地の温度が低いとイーストの動きが鈍くなり、発酵に時間がかかります。逆に温度が高すぎると発酵が早く進みすぎて、生地の骨格ができる前に膨らみきってしまい、その後しぼんでしまうことがあります。
冬場、暖房のない部屋で発酵させると、レシピに書かれた「40分で2倍」という目安が2時間経っても達成できないことがあります。これは生地が悪くなったわけではなく、単に温度が足りていないだけです。オーブンの発酵機能を使うか、40度程度のお湯を入れたボウルを生地のそばに置いて、周囲の温度を上げてやれば、時間はかかっても発酵は進みます。反対に、真夏の台所で同じ生地を放置すると、1時間も経たずに大きく膨らみ、表面に気泡が浮いてくることがあります。この状態まで進むと発酵が行き過ぎているサインで、そのまま焼くと焼き上がりがきめの粗いパサついた食感になりやすくなります。
迷いやすいのは、「2倍に膨らんだかどうか」の判断です。ボウルの形によって見た目の膨らみ方が変わるため、体積で正確に測るのは難しいものです。指に粉をつけて生地の中央にそっと差し込み、穴がゆっくり戻ってくれば発酵が適切、穴がすぐに元通りになるなら発酵不足、穴がしぼんでしまうなら発酵しすぎというのが、経験則としてよく使われる見極め方です。
ベンチタイムと成形で生地がだれる、うまく丸まらない
成形の段階でうまくいかないときは、生地を休ませる時間が足りていないことが多いです。焦って形を作ろうとすると、かえって生地を傷めてしまいます。
一次発酵を終えた生地は、分割して丸めた直後、グルテンが引き締まって硬くなっています。この状態のまま無理に成形しようとすると、生地が破れたり、表面がでこぼこになったりします。ベンチタイムと呼ばれる10分から15分ほどの休憩を挟むことで、グルテンの緊張がゆるみ、生地が伸ばしやすくなります。この休憩を省略すると、次の成形工程でつまずきやすくなるのです。
分割した生地を丸めてすぐに成形しようとすると、生地が縮んで戻ってしまい、思うように伸ばせないことがあります。何度も同じ方向に力を加えると、表面が破れてべたついた内側の生地が出てきてしまうこともあります。ここで力任せに引っ張るのではなく、いったん布をかけて10分置き、もう一度触ってみると、生地が驚くほど素直に伸びるようになっています。この違いを一度経験すると、ベンチタイムの意味がよくわかるはずです。
成形がどうしてもうまくいかない場合、生地が乾燥して表面が硬くなっていることも考えられます。乾燥した生地は伸びが悪く、丸めても表面にひび割れができやすくなります。濡れ布巾やラップをこまめにかけて、生地の表面を乾かさないようにすることが、成形をスムーズに進める助けになります。逆に、生地が柔らかすぎてだらしなく広がってしまう場合は、発酵が進みすぎているか、水分量が多すぎる可能性があります。この場合は打ち粉を少し多めに使い、手早く形を整えるほうがうまくいきます。
二次発酵とオーブンの予熱、タイミングが合わないとき
二次発酵とオーブンの予熱は、同時進行で進めるのが基本です。この段取りがずれると、生地が発酵しすぎたり、逆に予熱が終わっているのに生地がまだ十分膨らんでいなかったりします。
二次発酵は成形した生地を最終的な大きさまで膨らませる工程で、多くの場合30分から40分ほどかかります。一方、オーブンの予熱は多くの家庭用オーブンで15分から20分程度必要です。この時間差を考えずに、二次発酵が終わってから予熱を始めてしまうと、生地を待たせている間にさらに発酵が進み、焼く直前には膨らみすぎた状態になってしまうことがあります。
たとえば、二次発酵を始めてから30分経ち、生地がちょうどよい大きさになったところで、これからオーブンを予熱しようとすると、予熱完了までのさらに15分から20分の間、生地は発酵台の上に置かれたままになります。この間にも発酵は進み続けるため、オーブンに入れる頃には生地がしぼみかけていたり、表面が乾燥して硬くなっていたりすることがあります。二次発酵が始まって10分から15分経った頃合いで予熱のスイッチを入れておくと、生地とオーブンの準備がほぼ同時に整います。
ここは家庭のオーブンの機種によって予熱時間がかなり違うため、一概に「何分前」とは言い切れないところです。何度か同じ生地で焼いてみて、自分のオーブンの予熱にかかる時間を覚えておくと、次からの段取りが格段に楽になります。慣れないうちは、二次発酵の様子を見ながら都度予熱のタイミングを調整するくらいの気持ちでいるとよいでしょう。
焼き上がりの色や割れ方が思っていたのと違うとき
焼き上がったパンの色が薄い、あるいは表面が予想外の場所で割れているというのは、よくあるつまずきです。多くの場合、原因はオーブンの温度のクセと、生地の状態にあります。
家庭用オーブンは表示温度と庫内の実際の温度にずれがあることが珍しくありません。表示は180度でも、実際には160度程度しか出ていない、あるいは逆に200度近くまで上がっているということもあります。このずれがあると、レシピ通りの時間で焼いても、色づきが薄すぎたり、逆に焦げすぎたりします。また、生地の表面に切れ目を入れるクープという工程を省略したり浅すぎたりすると、生地内部の炭酸ガスが行き場を失い、焼いている途中で思わぬ場所が裂けてしまうことがあります。
設定温度200度で20分焼いたのに、表面がほとんど色づかず、パンというよりも蒸しパンのような見た目になってしまうことがあります。これはオーブンの温度が実際には低い可能性が高く、次に焼くときは設定温度を10度から20度上げてみる、あるいは焼き時間を5分ほど延ばしてみると改善することが多いです。逆に、表面はきつね色でも、底面だけ真っ黒に焦げてしまう場合は、天板の位置が熱源に近すぎることが考えられます。天板の下にもう一枚重ねて焼く、あるいはオーブンの棚の位置を一段上げるといった対処が有効です。
焼き色や割れ方の理想形は、実のところレシピ本の写真通りにはなかなかいかないものです。同じ生地、同じオーブンでも、その日の気温や湿度によって微妙に仕上がりが変わります。一度でうまくいかなくても、次に焼くときの調整材料として記録しておくと、少しずつ自分の環境に合った焼き方が見えてきます。ここは何度か焼いてみないと掴めない感覚で、レシピの数字だけを頼りにしすぎないほうがよいところです。

